映画“浪速の恋の寅次郎”の最後は、結婚して対馬で寿司屋を営むふみ(松坂慶子)のところを訪れる寅。亭主のマコトを紹介する。青海の里の遠景・・・で終わっていました。
上映後のKさんから届いた感想では
「自分が観てきたシリーズのイメージのラストは、大阪の新世界あたりで、かしまし娘の二人に出会うのがいつものパターンのような気がしています」
となっており、実はこの予想、的中していました。
映画封切り当時発行の“立風寅さん文庫 男はつらいよ9”に浪速の恋の寅次郎のシナリオが載っていて、もう一つのラストがあったのです。
青い空に入道雲が沸き立つ。ここは区民プール。若者や子供たちの歓声がこだまする。プールサイドで休む博と満男。麦わら帽子をかぶったさくらが指をさして笑う。「博さん、ほら」水泳パンツの源公が水着のグラマーに見とれている。
博「源ちゃん、なに見てんだ」
さくら「ずいぶんお腹出てるのねえ」
あわてて腹を引っ込める源公。
博「満男、また泳ぐか。あ、そうだ、ふみさんから葉書来てたから袋の中に入れておいたぞ」
ふみの手紙
「暑い日が続いておりますが、さくら様はじめ皆様にはお変わりありませんか。その折には突然お邪魔したにもかかわらず、優しいおもてなしをしていただき、ほんとうにありがとうございました。対馬の暮らしにもようやく慣れて、元気に寿司屋のおかみさんを務めております…」
地方では名の知れた ある寺院
蝉しぐれ、参詣客は少ない 暑さにうだって居眠りをしている線香売りの男
本堂の陰に腰を下ろして涼をとっている寅
ふみの手紙「寅さんは今頃どこにいるでしょうか。懐かしい寅さん・・・こうして手紙を書いていても、私の目の前に寅さんの笑顔が大きく浮かんでくるのです」
賑やかな嬌声が聞こえてくる。居眠りをしていた寅、顔を上げると、三、四人の田舎芸者らしき一行がバカ笑いをしながら本堂から出てくる。一行の一人が気安く声をかける。
芸者A「暑いねえ、お兄さん」
寅 「お姉さん達、芸者さんかい」
芸者A「おや、分かっちゃったか」
寅 「さしずめ、京都は祇園の一流どこだな」
キャアキャア笑う一同
芸者B「温泉芸者だよ」
寅 「へーえ お揃いで信心かい」
芸者C「そう。いい旦那みつかるようにってね」
芸者A「お兄さん、何してんのさ」
寅 「俺も信心よ、いい女に会えるようにってよ。さっそく御利益があったな」
キャッキャと喜ぶ女たち。
芸者A「どう、お兄さん、その辺で冷たいビールでも飲まない?」
寅 「よおし、きれいどころに囲まれて精進落しでもやるか!」
嬉しそうに歓声を上げる芸者たち。びっくりして目を覚ます線香売りの前を、寅を囲んだ芸者たちの一団が嬌声を上げながら通り過ぎる。
参詣客も疎らな、暑さでうだるような石段を、ワイワイ騒ぎながら下りて行く寅達の一行。
その向こうに広がるみやげ物屋の屋根瓦が、夏の日差しにキラキラと光っている・・・。