明治から大正にかけての 諏訪駅を中心とした路線図を描いてみました。
はじめは三重鉄道と四日市鉄道が並行して 関西鉄道の四日市驛へと延びていて 始発駅となっていました。写真は大正5年3月の合同駅の様子です。『北勢軽便王国物語』より
椙山先生が 駅の図面を描かれました。終点?始発?にターンテーブルがあって 車両はUターンしておりました。
こうして 蒸気汽車は回転してそれぞれ 湯の山へ 八王子へ 内部へとのびていました。
下を見ると 四日市鉄道も三重軌道の路線に入って 共同線となり 阿瀬知川駅に伸びていました。阿瀬知川には現在位でも材木店があります。ここから船積みがされていたのでしょう。