伊坂城址に行ってみた。
伊坂城は伊坂ダムの北側(正しくは北西方向)に隣接する。萱生城(暁高校の建つ山)の分家で、春日部太郎左衛門尉がここに居住。永禄11年(1968 訂正;1568年 デゴザイマシタ えらい違いでゴザイマス)、織田信長の軍勢に滅ぼされる。伊坂町の集落の北西にあり、標高98mから50mの北勢に高く、南東に低い細長い丘陵につくられている。今回出かけた本丸は60×50mの広さで土塁に囲まれ、南東部の低いところの各所には階段状にせまい平地がつくられ、複雑な地形を利用したものである。遺構も完全に残っている。(仲見◇三重大学歴史研究会)三重の中世城館より
伊坂ダムへの坂を上り切ったところにある、横一列に並ぶ駐車場に車を停めた。右側に浄水場の建物が建つ。左をみると戻る形で下へ降りていく細い道があった。
急な坂を下る。コンクリ―トが流してあるので、笹の葉で滑りそうだ。下り切ったところが広い空堀になっていて、田圃が広がっていた。田植えの準備がしてあるのか?道の反対側は荒れ地になっていた
ここから坂を登る。板が横並びに敷いてあるので登りやすい。
登りきったところに水道の施設のようなものがあった。藪に残る施設は、貞子の井戸を彷彿とさせる。
今回歩いたコース
つづく デス