諏訪神社の第2弾をGGシニアさんにアップしていただきました
「タケちゃんと前田先生の四日市諏訪神社探訪/第2話」 (youtube.com)
たいじゅさんからお借りした「昭和2年 市會関係書類」続きでアリマス。
特等地に1当地を加えてみました。赤が特等地で青が1等地です
<壹頭>
南町・四日市銀行西支店北通り(札ノ辻)を西へ 西町 片倉醤油店まで
同町・南川洋服店より南へ江田 踏切まで(当時は、東海道沿いに諏訪駅がありました。)
濱町・森松吉より東へ濱町を経て蔵町 田中武夫まで
四ツ谷町・省線東駅前より北へ一直線に濱町第一踏切まで
新丁・湊小路一円、但しマルイチ魚問屋を含む
同丁・四日市貯蓄銀行建築用地を北へ一直線に新丁 永田和義宅まで
沖ノ島・新道 三泗電気商会より東へ一直線に四ツ谷 マルサン食堂まで
四ツ谷・伊藤有吉 前通りを一直線に相生橋まで
大正11年の地図に 無理やり昭和2年を重ねました
四日市は札の辻を中心に市場が立ち 江戸時代には東海道が通り 港と繋がって西町から浜往還が賑わい、明治になると鉄道が発達して 四日市驛付近が賑わった。明治後期になると東海道が通っている諏訪神社と四日市駅を繋ぎ港まで通じる新しい道が計画(四大事業)され 四日市驛から諏訪驛へと賑わいゾーンが出来た。この辻、浜往還、四日市驛、諏訪神社のスクエア(その中央を南浜往還が通るが・・・)が昭和中頃までの繁華街だったことが分かる。中心地は移動している。