川瀬直美監督・脚本の“あん”を観る。ようやくDVDで観る。(注 ネタめちゃくちゃバレ)
千太郎(永瀬正敏)は、桜並木の下に建つ小さなプレハブで“どら焼き屋”を営む。ある日、手の不自由な老婆(樹木希林)が雇ってくれと訪ねて来る。初めは断っていたが、老婆の置いて行った“あん”を食べてみて、そのおいしさに驚き、雇うことにする。いとおしむように小豆に呼びかけて煮る老婆。ほとんど二人のアップで進行する映画には、ベテランの演技力が問われている。
おいしい“あん”の評判で“どら焼き屋”は繁盛する。映画が始まって約45分間。料理レシピの作品かと思っていたら、状況は一変する。老婆はハンセン病だった。
野村芳太郎監督の“砂の器”が思い出される。ハンセン病を患った父親が子供を連れて放浪するシーンを思い出す。そして、そのことを大家から聞いた永瀬の姿は、山田洋次監督の“息子”を彷彿とさせる。好意を寄せていた和久井映見がろうあ者だと知ったとき、永瀬は天に向かって叫んだ「ろうあ者、それでも良いでねえか!」。しかし、この映画で千太郎は沈黙を通している。やがて店に客は寄り付かなくなり、店をやめた老婆は施設で最期を迎えていた。老婆が千太郎に託したテープには・・・。
「私 ご存じのように子供がいなかったのね 授かったのに生むことを許されなかったの 私が店長さんをはじめてお見かけしたのは 甘い匂いに誘われた 週に一度の散歩の日でした そこにあなたのお顔がありました その目がとても悲しそうだった “何そんなに苦しんでるの”って聞きたくなるような 眼差しをされていました それはかつての私の眼です 垣根の外に出られないと覚悟したときの 私の目でした だから私は吸い寄せられるように 店の前に立っていたのだと思います もしも私に あの時の子供がいたら 店長さん あなたぐらいの年齢になっているだろうなって ねえ 店長さん あの日の満月は 私に こうつぶやきました “お前に見てほしかったんだよ だから光っていたんだよ”って・・・」
樹木希林の「てんちょさん」の言い方が印象に残る。
そして、大家から解雇された千太郎は、再び桜の木の下で“どら焼き屋”をはじめた。