本町の水谷氏所有の絵葉書。“四日市市の今昔”樹林社刊より。解説にこうありました。
諏訪新道四日市郵便局電話分室前(沖の島町・大正14年)
大正14年、四日市郵便局電話分室が沖の島(現在の沖ノ島町)に新築移転した記念に撮影したものと思われる。明治40年に完成した諏訪新道が、四日市の賑わいの中心となる前の様子である。
ここはいったい何処でしょう?諏訪新道が完成して20年ほど経つわりには、この道は新しく狭い感じがします。
大正初期の地図には、諏訪町と沖ノ島間の道路沿いに郵便局のマークが見受けられます。
ところが、大正11年8月のマップ(上が西、右が北方向)を見ると、通りから北へ入った左側に“電話文挽局”とあります。写真の影から想像すると、昼前に北向きに撮った写真ではないでしょうか。区画整理の度に移動したと思われます。