歌川広重“東海道五十三次 四日市 謎解き浮世絵叢書 佐々木守俊 解説”二玄社刊 より
副題に三重川(三滝川)とあり、帆柱が立っていることから、描かれた地は三重川の河口付近と特定されます。舞台はどこにでもある葦の生い茂る川のほとり、平凡な風景を鑑賞に堪える図とするために、広重はどんな工夫を凝らしているのでしょうか?
広重が用いたのは、登場人物がお互いに背を向けて歩み去っていく運動感によって、旅のもの寂しさを描く手法です。男が風で飛ばされた笠を追いかけ、慌て顔でつんのめるように駆けていきます。粗末な橋の上では、合羽の男が右手に歩んでいます。合羽は左にはためき、柳の枝や葦も強くなびき、心細さを募らせるような風がここでは描かれています。知らぬ者同士のすれ違い。合羽の男が顔を見せないことも、わびしい河原の風情を強調します。
笠を飛ばされた男のユーモラスな表情。もっとも当人は必死です。広重はこの男の開いた口に加え、伸ばした右手のしぐさによって、当惑ぶりを見事に描写しています。男のつんのめりそうな姿勢に対し、笠がバランスよく立ったままころころ転がっていくさまがおかしみを誘います。男は風呂敷包みと行李を紐でつなぎ、体の前後に振り分けて担いでいます。紐をしっかりと握りしめているところには、つい共感させられてしまいます。
左にあるのが十里の渡し。上の“字湊橋”でなく、その下の“粗末な”橋ではないでしょうか?もっとも、広重は現地を訪れてないそうですが。