奉行所の役人某は、盗人を吟味取り調べるが、その男、悪い人間でもなさそうに見えた。初犯でもあったので、二度と強盗をするでないと言い含ませ放免にした。
下山 弘著“遊女の江戸”より 閑田次筆『日本随筆大成』引用資料
ところがその男、再び強盗の罪で捕獲された。約束だからやむを得ない、その男を書類送検とした。ところが上役から戻ってきた書類には罰の所にチェックが入っておらず無罪の通達が来た。役人はその男を呼び出し尋問した。
「お前には何か陰徳(隠れた善行)でもあるのではないか?」
「いいえ とんでもございません。しいて言えば病人が朝鮮ニンジンを欲しがっており、高価なので買えないと言いますもので ヘイ、盗んだ金をくれてやったことがございます。」
「それほどのことで無罪となるはずがない」となおも糺すと・・・
「かれこれ5~6年前のことになりますか」と渋々話し始めた。
「あっしが、両国橋のところまで来ますてぇと、橋の上に袖を重そうなもので膨らませた男がぼーっと立っている。こいつはしめたと思い、持っていた小刀で切り裂くと小石がバラバラと落ちた。『なんでまた命を粗末にするようなことをするんだ』と聞いてみると、『私は村の庄屋です。親しい者が年貢を払えず、何とかしてやろうと、一人娘を遊女に売り、受け取った16両というお金を持って帰ろうとしたところ、あなたのような泥棒に遭ってしまいました。これでは帰るに帰れないと、橋の上で身を投げようとしていたところです』『早まっちゃいけねぇ。ここに15両ある。なあに1両足りねえが、あんたが何とか出来るだろう。さ、これをもってそいつんとこへ行くんだなぁ』『人さまから盗み取ったお金を頂戴できません』『これは、どこの誰だか分からねえ金だ、この金で、一人の命が助かるんだ、さあ、さっさと持っていきねえェ』と無理やり押し付けたんです」
話の腰を折るようですが、これって 落語の“文七元結(ぶんしちもっとい)”の話そのものではありませんか?
役人はその話に違いないと合点がいった。盗人稼業が身に付いた者が正業に就くのは難しい。そこで気付いた。「ここから6里程離れたところに知り合いの百姓が居る。今から旅に出て、そこで仕事を手伝え。手紙を書いてやる」
男は喜んで、急遽、旅支度で出かけた。あと2里ほどで到着という処で日が暮れてきた。見ると1軒の立派な農家がある。道を尋ねたところ、農家の主人は、暗くなるから泊まっていけという。有難く男は泊まることにした。
夜、男が寝ていると、枕もとを家の主人が歩き、石の五輪塔のようなものにお参りしている。翌朝何をしていたのか尋ねると・・・
『以前、お金を取られてしまい、両国橋で死のうと思っていたら、一人の盗人に助けられました。お礼を言うにも、何処の誰か分からず、こうしてお参りしていたのです』『それじゃァあの時の・・・』ということで主人は座を直し、お礼を申し述べました。『ちょうど娘の年季奉公が明けて、帰ってきております。娘の婿になりここに住んでもらえませんか?』身寄りのない男にとっては渡りに船。こうしてめでたく、祝言の席が設けられました。とさ
遊女の話は少し出てくるのみでゴザイマス 日本随筆大成か落語の文七元結か?話のもとは さてどちらか? おわり