真っ暗闇の中、壁伝いに進む弥次さん。有明行灯(ありあけあんどん)の先の部屋に目を凝らして見ると誰かが寝転んでいるようだ。これが北さんの云う約束の代物(しろもの)かと撫でてみると、コモをかぶっているようで硬くて、しかも冷たい。にわかに気味が悪くなり、あわてて北さんのところまで這い戻った。
弥次「北八、まだそこに辛抱していたか」
北八「オレを置いて何処へ行っていた、弥次さーん」
弥次「それどころではない、奥の部屋には、コモで巻いた死人が居る。恐ろしや、恐ろしや」
北八「オレを置きざりにしてどうする。まっておくれよォ」
とその時、北八の手が緩み、大音響とともに棚が崩落ちた。さあ、何事かと宿の者が次々と起きてくる。膳箱も何もかもが無茶苦茶になってしまった。そこへ相部屋の田舎者二人がやってきて、
田舎「道理でえらい音がすると思うた。ありゃりゃ、こんなところまで膳箱が飛び散って、地蔵様のお鼻が欠けてしまっとるだぁ」北八がハッとして顔を上げると、そばには石地蔵が横たわっている。宿の亭主はこれに憤慨して「お客様がコモをかぶって地蔵様に添い寝をしよる。なんぞのたくらみでもあるのか?正直に言いなされ」
横に並ぶ田舎者も一緒になって「明日には長安寺様へ納めるはずの地蔵様を運ぶ途中の災難。欠けた鼻を戻してくだされ」と、北八に詰め寄る。やむなく北さん、夜這いの一件を白状させられ弱り込んでいるところへ、部屋の隅に居た弥次さんが出てきて、「此の泣きべそをかいている者は、怪しい者ではござんせん。地蔵様の鼻はわっちが何とかいたしましょう」とかなんとか適当なことを言い
はひかけし地蔵の顔も三度笠 またかぶりたる 首尾のわるさよ
と、弥次さんの即興の狂歌に、一同どっと笑い、その場はおさめてしまった。
やうやうと東海道もこれからは はなのみやこへ四日市なり
翌早朝、四日市宿を発った二人は、諏訪神社を詣で新田町(現スワマエ通り)を通過して江田町を通り、浜田村から赤堀へと差し掛かったのでございます。
では一方の、枝雀師匠の「口入屋」、その顛末やいかに? つづく