四日市商工会議所さんの主催で“四日市もっと知り隊検定講習会”が開かれている。
第1回
第2回
毎週水曜午後7時開催で、3回連続の2回目までが終了している。1回目が“宿場まち四日市”2回目が“商・工のまち四日市”。どちらも盛況で60名ほどの方が集まっていた。
解説は、四日市市立博物館 学芸員の廣瀬 毅さんで、このお話がとにかく面白い。本町のMさんと身を乗り出すように聞かせていただいた。
1回目は、1800年頃に描かれた“東海道分間延絵図”をたどりながら東海道を富田から采女へと歩きます。
富田には“焼きはまぐり”を食べさせる店舗があった。桑名ではなかったの?と疑問がわくが、当時富田は桑名藩の領地。羽津あたりまでが桑名藩だった。
羽津の志氏神社前に、道路を挟むように二つの石が置いてある。現存するが“夫婦石”といわれ、石を撫でると良縁に恵まれるとされ、当時は結構有名だったそうだ。
三滝川の土橋を渡ると四日市宿で、辻のあたりに陣屋・脇本陣・問屋場があった。宿場で重要なところは問屋場で、荷物の取次や馬の手配などを行っていた。
辻を東へ港の方へ行くと海岸近くに小さな橋がかかっている。廣瀬氏によると、どうやらこの橋が東海道53次の四日市に出てくる橋と想像できるということだった。
浜田村の家並みが途切れたあたり、松並木の広い真っ直ぐな道がある。今でもそこだけが広く、昔は山車の帰り山がここに集結した。道が広いのは山車が並ぶためと思っていたが、そうではなく、家並みが途切れていたため。
他にも一里塚が盛り土の上にマキや松の木が植わっていて、遠くからでも望めたことなど、昔にタイムトラベルして楽しませていただいた。
また2回目の“商・工のまち四日市”では、街の発展に尽くした先人たちの話だった。この話から四日市の街に誇りを持ち大切にしていきたいと強く感じました。
詳細は追って・・・・・・・
是非3回目の「湊・港まち四日市」12月18日午後7時より8時30分。四日市商工会議所1階ホール(申し込みが必要デス)にご参加ください。そして。もっと知り隊検定(平成26年2月2日10:00〜)にも挑戦してください。