“通勤電車で読む詩集”小池昌代編 NHK出版 生活人新書より
胸の泉に 塔 和子
かかわらなければ
この愛しさを知るすべはなかった
この大らかな依存の安らいは得られなかった
この甘い思いや
さびしい思いも知らなかった
人はかかわることからさまざまな思いを知る
子は親とかかわり
親は子とかかわることによって
恋も友情も
かかわることから始まって
かかわったが故に起こる
幸や不幸を
積み重ねて大きくなり
くり返すことで磨かれ
そして人は
人の間で思いを削り思いをふくらませ
生を綴る
ああ
何億の人がいようとも
かかわらなければ路傍の人
私の胸の泉に
枯れ葉いちまいも
落としてはくれない
一言で言って貪欲な詩だ。この貪欲さを美しさにまで高める人が、塔和子という詩人である。若くしてハンセン病に罹患。詩作がこの人を支え続けた。「枯れ葉いちまい」の、なんというデリケイトな重さ。軽くて明るい言葉が並ぶ。しかし読後、その言の葉は水を吸い込んで、不思議な重みを増し、わたしたちの胸の泉に沈む。
ハンセン病を患った父親について放浪する子供。野村芳太郎監督の“砂の器”が思い起こされます。塔さんの詩を読むと、いつも胸があつくなります。ふうつなら閉じこもってしまう人が、ふれあいの大切さをうたう。強い方です。