前回紹介した詩人、塔和子さんの詩をもうひとつ紹介します。
「エバの裔」より
時の魔術
私には味方がない
けれども大きな味方がある
悲しみを喜びに変え
怒りを和らぎに変え
恨みを許しに変え
不安を期待に変え
すべてのくもりの中から太陽を連れてくる時がある
重さがうちかかる波のように私をうっても
やがて波は引き
アプロディテのように
優雅に生まれかわるひとつの意識
待っていよう
すばらしい未知の時を
どこへ出るのかわからない通路のない街で
賭けるもののない賭博師のように
手をこまねいて傷だらけの総身を投げ出すとき
優しく手をのばして癒しにくる
時の手ざわりをふっくりとつかむ
時は魔術
時は医薬
私は最もすぐれたものよりすぐれた技術に
身をまかす
手術台の上の患者
※“アプロディテ”は英語でヴィーナスのことです。昭和4年、愛媛県に生まれた塔和子さんは昭和18年ハンセン氏病を患い、昭和27年に完治しています。その間、高松港から約8㎞東の瀬戸内海に浮かぶ小島「国立らい療養所大島青松園」で療養生活を過ごされました。園で知り合った歌人の赤沢氏と結婚。短歌の道から自由詩創作の道を歩まれ、平成25年 83歳で永眠されました。
襲ってくる不安や不幸に、自分の力量ではなす術がない時、時が経ち、時が来るのをじっと待つ。希望をひそめて時期の到来を待つ。涙が出ます。