“麦秋”は、昭和26年に公開されました。“晩春”(昭和24年公開)、“東京物語”(昭和28年公開)と並んで紀子三部作の一つです。
北鎌倉の住宅地の静かでおちついたたたずまいの中でゆったりと進行する風格の大きなホームドラマです。婚期を逸しかけている娘(原 節子)の縁談をめぐって、兄夫婦(笠 智衆と三宅邦子)や両親(菅井一郎と東山千栄子)がたいへん心配します。娘の婚期を機に、三世代七人同居の大家族がそれぞれの核家族に分かれていく。だから今にして思えば伝統的大家族から核家族へという、この時代を特徴づける大きな変化がここに写しとられ、現在という時代を過ぎゆく時として深い愛惜の情をもって眺めるという視点がこの作品をユニークなものにしていることが分かります。北鎌倉、鎌倉の大仏殿、ニコライ堂の見える神田駿河台のあたり、銀座のオフィス街、上野公園などなど、東京や鎌倉がこんなにしみじみいい街だったかと思います。当時だって東京はそんなに静かな街だったわけではありません。これは小津の理想の都市なのです。
講談社+α文庫 小津安二郎新発見より