四日市商工会議所様発行の“商工春秋”より
本シリーズは、「東海道中膝栗毛」を題材にしたもの。
この絵は、夜這いのために部屋を出た弥次郎(弥次郎兵衛)が、暗闇の中で薦(こも)に巻かれた石の地蔵を女性の死体と勘違いして大騒ぎになる四日市の旅籠での場面。一緒にいた北八(喜多八)の仕草とひっくり返る碗や徳利が、驚きの大きさをよく物語っている。
次の図は、日永の追分で、金毘羅参りの旅人と当地の名物、追分饅頭の食べ比べをして大損をする話。実は旅人の正体は手品師で、背後に隠した饅頭が見えているように、実際に食べていなかった。相手の食べっぷりに驚嘆する二人の姿が滑稽である。賭けた銭や笠が投げ出されており、その慌てふためく様子が強調される。どちらも見る者を愉快にさせる。版元を指すと思われる星形に「ヲ」の印だが、どこのものかは定かでない。(四日市市立博物館学芸員・田中伸一氏)
四日市の旅籠で女中部屋へ夜這いに出かけた弥次さんと、後を追う北さん。“東海道中膝栗毛”にはこうある。
二人ともつい、旅の疲れですやすや寝てしまう。しばらくして弥次、目をさまして北八の鼻をあかせてやろうとそっと起きて忍び足に次の間へいき、聞いた通り、探り探り壁伝いにいくうち吊った棚に手がつかえ、どうしたはずみやら、がたりと棚がはずれ、弥次は肝をつぶす。<こいつはへんちきだ。棚板がはずれたか、手を放したら落ちるであろうし、何かがらくたがしこたま、上げてある様子、落ちたらみんなが目をさますだろう、こいつは難儀なことになった>
両手を棚につっぱって立っていても、ねっからつまらず、手を放せば棚が落ちる、襦袢一つで寒くなってくる、こりゃなさけない目にあった、どうしようと思っていると、そこへ北八がこれも壁伝いにそろそろやってくる、弥次、小声で、<北八、北八><誰だ、弥次さんだの><コリャ静かに、早くここへ来てくれ><何だ、何だ><これをちょっと持ってくれ、ここだ、ここだ><ドレドレ>と手をのばして何かは知らず棚を支えると、弥次脇へはずす、北八驚いて、<コリャコリャ弥次さんどうするのだ。ヤアヤア、こりゃ情けない目にあわせる、コレコレ弥次さんどこへゆく、アア手がだるくなる、コリャもうどうするどうする>
徳利や茶わんが、北さんの頭の上を飛んでいるのは棚から落ちたため。このお話、上方落語の“口入屋”に同じパターンの話がある。新しくやって来た女中さんの処へ忍び込もうとする一番番頭さんと、これに続く二番番頭さん。梯子段を踏み外して膳棚を持ったまま寝たふりでごまかそうとするお話しです。