もう一つご紹介します。「倍賞千恵子の現場」より、渥美さんが膨らませたセリフ
寅さんが歌い上げる「アリア」で、私が一番に思い浮かべるのは、第十五作の「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」(1975年)の一シーンです。
リリーさんを仕事先のキャバレーへ送って、とらやに戻った寅さんは、茶の間のみんなに、そのキャバレーが如何にしょぼくれた場末の店だったかを悲しそうに伝えます。そして、俺に金があったらなあ、大劇場を借り切って、リリーに好きなだけ歌を歌わせてやりたいのよと語ります。
この場面を渥美さんが、最初の台本からどんな風に膨らませて語ったか、最初はこんな風になっていました。
「・・・バンドも一流司会者も一流よ。ベルが鳴る。灯りが消える。『テレビをご覧の皆さま今晩は、会場の皆さん、今夜はようこそいらっしゃいました。それでは只今よりお待ちかね、リリー松岡ショーの幕開きでございます』。緞帳がゆっくりあがる。スポットライトに照らされて立っているリリー。きれいだよ。あいつは。なにしろ姿がよくて、顔立ちが派手だからな。場内にザワザワザワザワ・・・。溜息の声。割れるような拍手。『リリー』『待ってました!』『日本一!』。やがて騒ぎが収まる。水を打ったようにシーンとなる。そしてリリーが歌いだす。♪ひーとーり酒場で飲む酒は・・・シワブキ一つももらさず歌に聞き入る観客、みんな泣いているよ。なにしろリリーの歌は悲しいからなあ。・・・やがて歌が終わる、待ちかねたようにウワ―ッ、拍手拍手拍手、花束、テープの紙吹雪・・・。リリーは泣くぜ、あの大きい目からポロポロ涙をこぼしてさ、いくら気が強いあいつだって、そんなときはきっと泣くよ」
この第一稿の台本の世界を渥美さんが膨らませていって、実際の本番ではこんな風になりました。
「ベルが鳴る。場内がスーッと暗くなるなぁ。『皆様、たいへん長らくをば、お待たせいたしました。ただいまより歌姫、リリー松岡ショーの開幕ではあります』。静かに緞帳が上がるよ。スポットライトがパーッと当たってね。そこへまっちろけなドレスを着たリリーがスッと立っている。こりゃいい女だよ。あれはそれでなくったって、そりゃ様子がいいしさ。目だってパチーッとしてるから派手るんですよ、ね!客席がザワザワザワザワザワザワザワザワっとしてさ。『きれいねえ』『いい女だなあ』『あっ、リリー!』『待ってました!』『日本一!』。やがてリリーの歌がはじまる。♪ひーとーり酒場で飲む酒は・・・ねー、客席はシーンと水を売ったようだよ。みんな聞き入ってるからなぁ。お客は泣いてますよ。リリーの歌は悲しいもんねえ。やがて歌が終わる。花束!テープ!紙吹雪!ワーッと割れるような拍手喝采だよ。あいつはきっと泣くな。あの大きな目に涙がいっぱい溜まってよ。いくら気の強いあいつだって、きっと泣くよ・・・」