高校時代の同級生からお線香の配達を頼まれた。友人の奥さんが亡くなり、賀状ご遠慮のハガキが届いたからだ。お線香を持ってお宅へ伺うと建築後数年も経たないりっぱな邸宅に驚かされた。
後日譚によると、友人は、一時会社経営が成り立たなくなり、落ちるところまで落ちた。奥さんは内職をして家計を助けた。堅実な性格が功を奏して、大手から下請けの仕事が舞い込み、会社は盛り返した。我が家を建て直し、これからゆっくりという矢先に奥さんが癌で逝った。
「どうして知らせてくれなかったのか。水臭い」と同級生は話す。
このことと関係はないが、こんな詩を思い出した。
賀 状 長田 弘
古い鉄橋の架かったおおきな川のそばの中
学校で、二人の少年が机をならべて、三年を
一緒に過ごした。二人の少年は、英語とバス
ケットボールをおぼえ、兎の飼育、百葉箱の
開けかたを知り、素脚の少女たちをまぶしく
眺め、川の光りを額にうけて、全速力で自転
車を走らせ、藤棚の下で組み合って喧嘩して、
誰もいない体育館に、日の暮れまで立たされ
た。
二人の少年は、それから二どと会ったこと
がない。やがて古い鉄橋の架かった川のある
街を、きみは南へ、かれは北へと離れて、両
手の指を折ってひらいてまた折っても足りな
い年々が去り、きみたちがたがいに手にした
のは、光陰の矢の数と、おなじ枚数の年賀状
だけだ。
元旦の手紙の束に、今年もきみは、笑顔の
ほかはもうおぼえていない北の友人からの一
枚の端書を探す。いつもの乱暴な字で、いつ
もとおなじ短い言葉。元気か、賀春。