“麦秋”は、昭和26年に公開されました。“晩春”(昭和24年公開)、“東京物語”(昭和28年公開)と並んで紀子三部作の一つです。
北鎌倉の住宅地の静かでおちついたたたずまいの中でゆったりと進行する風格の大きなホームドラマです。
婚期を逸しかけている娘(原 節子)の縁談をめぐって、兄夫婦(笠 智衆と三宅邦子)や両親(菅井一郎と東山千栄子)がたいへん心配します。娘の婚期を機に、三世代七人同居の大家族がそれぞれの核家族に分かれていく。だから今にして思えば伝統的大家族から核家族へという、この時代を特徴づける大きな変化がここに写しとられ、現在という時代を過ぎゆく時として深い愛惜の情をもって眺めるという視点がこの作品をユニークなものにしていることが分かります。
北鎌倉、鎌倉の大仏殿、ニコライ堂の見える神田駿河台のあたり、銀座のオフィス街、上野公園などなど、東京や鎌倉がこんなにしみじみいい街だったかと思います。当時だって東京はそんなに静かな街だったわけではありません。これは小津の理想の都市なのです。
講談社+α文庫 小津安二郎新発見より
“晩春”(昭和24年)で笠 智衆は父親役でした。「嫁ぐのは嫌だ!お父様のところにいつまでも居たい」と訴える娘の紀子(原 節子)。“麦秋”(昭和26年)では、妹、紀子(原節子)の結婚を心配し苦言を言う兄(笠 智衆)の役です。“晩春”で紀子は結婚を拒否しますが“麦秋”ではみんなの反対を押し切って結婚します。娘紀子の結婚という同じテーマですが、小津監督の描き方の違いに着目すると面白いところがあります。
菅一郎と東山千栄子の二人がしみじみと語り合うシーンがあります。「紀子も結婚してしまうし、みんなバラバラになる。今が一番いい時かもしれないねぇ」戦地での体験のある監督は、死は避けられないこととして受け止めています。死を恐れることよりも、今を大切に生きることの大事さ。小さな起伏はあるけれど、淡々と生きることの有りがたさを訴えているようです。