四日市商工会議所様発行の“商工春秋”11月号の“浮世絵に描かれた四日市”より、五十三次 四日市人物東海道(歌川広重筆 嘉永五年版)
「人物東海道」と呼ばれるシリーズのひとつ。このシリーズは、縦長の画面に人物が大きく描かれていることからこの名がついている。通常の風景画と異なり、人物の表情やしぐさがよくわかるのが特徴である。
本図は、湊を背景に佇む男女三人が描かれる。近辺に住む者なのか、宿で一息ついた旅人なのか定かではないが、女性が男性に顔を向けながら話しかけ、男性がにこやかに応じている様子が明瞭である。軽い服装や履物、そして帆をたたんだ船々が、のどかで落ち着いた空間の広がりを上手く演出しているように感じる。
穏やかに打ち寄せる波や踏み鳴らす下駄の音が聞こえてきそうである。保永堂版五十三次とは、ひと味違う抒情性のあふれる作品である。(市立博物館学芸員・田中伸一氏)