“彼岸花”に思う
昨日は、昭和33年公開の小津安二郎監督“彼岸花”を鑑賞いたしました。 この作品にも、小津監督の戦争に対する姿勢が描かれていました。家族で箱根の十国峠へ旅行に来たシーンです。 「あたしねえ・・・」 「なんだい」 「時々そう思うんだけど、戦争中...
View Article“彼岸花”を観て
Kさんから“彼岸花を観て”と題した感想をいただきました。ありがとうございました。 「大変申し訳ありませんが、小津映画の良さがいまいちわかりません。小津映画ということで当方の期待が大きすぎたのかもしれませんが。他の監督なら気にならない様な事でも、かえって気になってしまいます。タイトルと最後のバックの布模様、出演者の髭のおじさんと眼鏡のおじさん、...
View Article浮世絵にみる四日市宿
四日市商工会議所様発行“商工春秋 9月号”より“東海道五十三次内 四日市”より 歌川国芳の門人芳員の描いた東海道五十三次シリーズ。題名の横に次の宿場までの距離を記すのが特徴で、本図の場合「いしやくしへ二り半九丁(約11㎞)」と記している。 薦を背負い、腰に柄杓を差して馬に乗った伊勢参りの子どもが、饅頭を手にしながら更にせがむ姿に、馬子や店の女性があきれている様子をコミカルに描いている。...
View Article映画“ワイアット・アープ”
ワイアット・アープは1994年の映画です。スケールのある英部劇そのものの作品で、ケビン・コスナーが主人公、おやじ役がジーン・ハックマン。若いころ、妻を病気で亡くしやけになり、酒におぼれて留置場に入る。ある夜、おやじが救いに来る。 「馬泥棒?」 「それは」 「黙れ!死ぬ気か? 馬泥棒は縛り首だぞ」 「構うもんか」 「愛するものを失ったから? 人生は失うことの連続だ それにくじけて どうする...
View Article“続 男はつらいよ”ご紹介
9月23日(金)午後6時より“続 男はつらいよ”を上映いたします。第2作目の寅さんは、怒りっぽくて元気です。松竹を説得した第1作上映は成功、わずか3か月後に第2作を公開しています。...
View Article映画“杉原千畝”
渡航ビザを発行して6000人のユダヤ人を救った“杉原千畝”のDVDを観ました。 日本大使館が閉鎖され、リトアニアから列車で去るとき、見送る事務官のグッジェは杉原にリストを渡します。 「杉原領事 これを」 「・・・」 「あなたが救った命のリストです これがなければ 私は“よき人”と感謝される・・・喜びを知りませんでした」 「グッジェ」 「世界は車輪です 今はヒトラーが上でも いつか車輪が回って...
View Articleレモン色のまち 第1回
辻さんが亡くなられて6年ほど経つか?20年ほど前のことですが、辻さんが撮られた写真のことを知り、作品のコピーをお願いした。辻さんは快く了解していただき、その年にスワ前商店街で“昭和レトロ物語”のイベントを行った。 近鉄諏訪駅が解体され、近鉄四日市が出来た昭和32年頃は、街の中心が諏訪新道から1番街へ移行する変化の大きい年だった。写真屋を営んでいた辻さんはカメラを持ってその変化を記録した。...
View Articleレモン色のまち 第2回
諏訪駅前の“諏訪百貨店”は通称“諏訪マーケット”と呼ばれ、戦後、にわかに建てられた集合店舗です。中は“コ”の字型になっていて常設市場の様相でした。奥の八百屋でスイカの切り売りを食べた記憶があります。諏訪駅移転の後、昭和35年12月20日に解体工事が始まり、昭和37年、諏訪百貨店として新しくオープンします。...
View Articleレモン色のまち 第3回
昭和三十三年七月十八日、凌霜書房前の様子。凌霜書房は、諏訪百貨店、通称スワマーケットの入り口にあった。店番をしながらこちらを見ているのは、現在の白楊のおばあさんだそうだ。...
View Articleレモン色のまち 第4回
若かりし頃の辻俊文さんの写真です。 昭和三十一年八月三十日。夏の宵。諏訪駅跡の空き地で(東向)「歌のびっくり箱・クイズ合戦」という催事が行われた。主催は江田町発展会。諏訪駅から南、中央通りまでが江田町だった。諏訪駅から南西へ伸びる内部・八王子線跡地が江田町西部地域会と呼ばれていて、江田町は今の一番街を包括するほど広かったのだ。...
View Articleレモン色のまち 第5回
昭和三十二年二月二十二日 荒涼とした光景。ここを何処だと思われますか?諏訪駅の線路をはずされた空き地沿いに、現在ふれあいモールのある西側の光景です。寒い日の早朝。街路灯はまだ点灯したままです。犬がぬかるみの中でこちらを見ています。...
View Articleレモン色のまち 第6回
昭和三十三年七月二十一日。諏訪百貨店より西側を望む。諏訪駅から出た内部・八王子線は、当時この道をゆっくり南へカーブして伸びていた。この道は新しく出来た駅への近道としても利用された。左に解体を待つ諏訪百貨店。正面には早くもひかりや洋装店が大きな店を構えている。一番街の通りが急速に造られていく。...
View Articleレモン色のまち 第7回
昨日は、第5回四日市ジャズフェスタ開催。時折雨の降る一日でしたが、商店街の中は音楽一色でにぎわいました。コスモ楽器前では、kotononeさんのフルート演奏があり、秋を呼ぶ音色に多くの方が足を止めて聞き入っていました。 東向き、この先右にサンシ百貨店 踏み切り跡、南東方向 昭和三十二年二月...
View Article第8回 諏訪劇場周辺
高木菓子店を南へ、白揚書房と中川産婦人科の路地を抜けると諏訪劇場があった。あかもんを通ると右角に万惚のカレーライス、ハヤシライス、すしの提灯が下がる。そこから西に行くと辻写真館になる。隣はスワン美容室。現在も営業中だ。店の前に立つ辻さんのお嬢さん。以前、この方の娘さん(お孫さん)からメールをいただいた。“写真の子どもは、私ではなく母です”とのこと。時の流れを感じます。...
View Article第9回 美空ひばり興行
昭和三十二年四月二十七日。近鉄四日市駅が開業した頃。なんと美空ひばりが諏訪劇場へ来ていた。こわもてのお兄さんがこちらを見ている。今夜は特別な夜だ。ひばり見たさに、たくさんの人が押しかけた。大盛況と裏腹にあたりには緊張が走る。この年の一月十三日、美空ひばりは東京の国際劇場で塩酸をかけられる事件に遭遇したばかりだ。...
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